秋の空、満月、僕らを照らす。

 秋の空気は澄んでいる。

 凍えるような冬の寒さの前の丁度いい涼しさ。

 日没は春夏より早まり、丸い月が星空に浮かぶ。

 すすきが風で不規則に揺れた。


「月が綺麗だね、ローランド」

 緑色の髪の毛の背の高い彼と道を歩く。

 人にとってはもはや陳腐とも思われそうな、ありふれた言葉を投げかける。

 それでも僕はこの言葉が叙情的で好きだ。


 僕はローランドに一方的な恋慕を抱いている。

 一緒に過ごしていた日々、0と1で出来たあの世界で僕たちは出会ったのだ。

 厳しい戦いの中でのパートナーとしてとりわけ彼は頼りになり、きっと一番一緒の時間を過ごしていた。

現実に戻ってからも時々このようにして会って話す。

 

 僕はどうしても惚れっぽいのか、長いやりとりの中で彼の人となりにすぐに惹かれていた。

 そして時たまニコリと笑った顔がまるで無邪気な子犬のようで愛おしい。


 ローランドは「愛している」を表したこの言葉を知らないであろう。

 なんとなく、そんな気がした。

 だって、彼はきっと僕のことを頼りになる仲間でしか見ていないだろうから。


 投げかけた言葉に「そうですね!」と真っすぐに答えてくれさえすれば僕は充分だ。

 それで僕自身が勝手に、彼のそう答えた意味をひとり巡らせていれば満足なんだ。

 もしかしたら彼もその言葉の意味を知った上で返事をしたのかも、って想像をするだけで勝手に胸を熱くできるのだから。


 シンプルな返事を待つ。

 僕はもしかしたらロマンチストの傾向があるのかもしれない。

 そんな事を考えていた。


「あなたのためなら死んでもいいですよ。」

 

 しっかりとしたいつもの声量の中で、でも少しだけ声が震えている。気がした。


 もしかしたら、なんて思ってしまう。

 彼の顔を覗き込むと、まるでホオズキのように真っ赤になっているのが暗い景色の中でも分かった。


 そんな顔をしないでくれ。

 少しだけ、期待してしまう。


「俺はこの言葉の意味を知った上で答えました。」


 そう答えるとローランドは俯いた。

 

 心臓がバクバクとしてその音が体中に響く。

 気持ちが同じだという実感がじわじわと湧いた。


「ああ、今死んでもいいなあ。」


 こんなにも幸せなら永遠に時間が止まってもいいよ。

 "今"の状況のまま溶けて消えてしまっていい。

 そう考えていると、


「俺はあなたのためなら死ねますが、あなたは死なないでくださいよ。」

 優しい笑い声が聞こえた。


 それなら君も死なないでくれ。


 お互いの手が触れる。

 そして手を握った。


「どこにも行かないでくださいよ。ずっとずっと、俺の隣にいてください。」

 

 うん、どこにも行かないよ。


 頬を撫でるようなやさしい秋風が僕らの間を通る。

 空を見上げると、相変わらずまんまるな月が僕らを覗いていた。

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